がんばっているのに心が晴れない、自分に自信が持てない。そんな袋小路に迷い込んでしまったように感じることはありませんか。新しい自分になるために何かを始めても、つい三日坊主で終わってしまい、「やっぱり私には無理なんだ」と落ち込んでしまう。
もしそうだとしても、自分を責めないでください。その現象は、あなたの意志の弱さが原因なのではなく、私たちの身体と脳に備わった、ごく自然な仕組みの現れなのです。

この記事では、少し視点を変えて、脳科学と生理学の知恵を借りてみます。私たちの身体や脳が持つ「変わる力」の仕組みを知れば、成功や失敗に一喜憂憂することなく、おだやかな心で「なりたい自分」を育てる方法がきっと見つかります。読み終わる頃には、自分自身への優しい眼差しを取り戻せるはずです。
身体が教えてくれること 使った筋肉が育つ「ルーの法則」
まず、私たちの身体について考えてみましょう。とても分かりやすいヒントが隠されています。
例えば、普段あまり運動をしていない人が、一念発起してランニングを始めたとします。初日はすぐに息が切れ、翌日はひどい筋肉痛に悩まされるかもしれません。ですが、短い距離でも続けていくうちに、少しずつ楽に走れるようになり、気づけば景色を楽しむ余裕すら生まれてきます。
これは「ルーの法則」と呼ばれる生理学のとてもシンプルな基本原理です。「身体の器官は、使えば使うほど発達し、使わなければ衰えていく」という考え方です。誰もが経験的に知っていることだと思います。腕の筋肉は、使えば使うほど太く、強くなります。逆に使わなければ、細く、弱くなっていきます。
心の「筋肉」も身体と同じ
自己否定の筋肉
繰り返し使うことで、
自動的に反応しやすくなる。
幸せを感じる筋肉
意識して使うことで、
少しずつ育っていく。
実は、私たちの「感覚」や「感情」も、この筋肉と驚くほどよく似ています。
もし、あなたが日常的に物事の足りない部分や、自分の欠点ばかりに目を向けているとしたら、それは「不安を感じる筋肉」や「自己否定の筋肉」を無意識のうちに毎日トレーニングしているようなものなのです。その筋肉はとてもよく発達しているので、何かあるとすぐに、そして自動的に反応してしまいます。
逆に、意識して日常の小さな「ありがとう」を探したり、「空がきれいだな」と感じる瞬間に心を留めたりする時間を増やしていくと、今度は「幸せを感じる筋肉」が少しずつ育っていきます。最初は意識しないと感じられなかったポジティブな側面が、だんだんと自然に目に入ってくるようになります。
つまり、今あなたが自己肯定感が低いと感じているとしても、それは決してあなた自身が劣っているわけではありません。たまたま、これまでの人生で「自分を責める思考の筋肉」をたくさん使う機会が多かった、ただそれだけのことなのかもしれないのです。
そして、ここには大きな希望があります。身体の筋トレと同じで、私たちの心も、これからどの筋肉を重点的に鍛えていくかを、いつでも自分で選び直すことができるのです。
脳の不思議な仕組み 思考のクセを作る「ヘッブの法則」
身体の次は、私たちの思考や感情の司令塔である、脳の中を覗いてみましょう。ここには、思考のクセが生まれる、とても興味深い仕組みが隠されています。
私たちの脳の中には、数え切れないほどの神経細胞(ニューロン)が存在し、それらが互いに手をつなぎ合うことで、情報のネットワークを作り上げています。そして、このつながりには「ヘッブの法則」という大切なルールがあります。これは、「二つの神経細胞が、同時に、そして繰り返し興奮すると、その間のつながりが強くなる」というものです。
脳は使われる道が強くなる

少し難しい言葉なので、分かりやすいイメージで考えてみましょう。
あなたの脳の中に、まだ誰も足を踏み入れていない、青々とした草原が広がっているのを想像してみてください。
ある日あなたが仕事で失敗をして、「私なんてダメだ」と考えたとします。その瞬間に、過去に同じように失敗して恥ずかしかった記憶が蘇ってきました。この時、「自分はダメだ」という思考と、「過去の失敗の記憶」という二つの情報が、脳の中で同時に発火します。すると、草原にこれまでなかった、一本の細い獣道が生まれるのです。
その後も、何かあるたびに「やっぱり私には才能がないんだ」と考えながら、他の誰かと自分を比べる、ということを繰り返したとします。そのたびに、同じ神経細胞のルートが繰り返し使われ、細かった獣道は何度も何度も踏み固められて、やがて広く、歩きやすい「道」になります。
一度しっかりとした道ができてしまうと、私たちの脳はエネルギーを節約するために、無意識にその慣れ親しんだ道を通りやすくなります。これが「思考のクセ」の正体です。あなたが、何かあるとついネガティブに考えてしまうのは、あなたの脳の中に、知らず知らずのうちに「ネガティブ思考へと続く、立派な道」が出来上がっているからなのです。意志の力だけでこの道を通らないようにするのは、至難の業です。
脳は使われた思考が強くなる

失敗は新しい道を作るチャンス リカバリーこそが脳の筋トレ
では、どうすればこの状況を変えることができるのでしょうか。 答えはとてもシンプルです。草原に、別の新しい道を、自分で作ってあげればいいのです。具体的には、「新しい思考を、意識してたくさん使う」工夫をすることです。
しかし、ここが最も難しいポイントです。新しい道を作ろうと意気込んでも、私たちの脳は、楽なほう、つまり慣れ親しんだ太い道を使いたがります。新しい習慣が三日坊主で終わってしまいやすいのは、この脳の性質が大きく関係しています。
変化を起こすために重要なことは、「リカバリー」という考え方です。
つい今までのクセが出て、ネガティブな思考の道に入ってしまっても、そこで「またやってしまった」と自分を責める必要は一切ありません。それは、脳のとても自然な反応なのですから。
本当に重要なのは、その後の行動です。「あ、今、いつもの道に入ってしまったな」と、まず客観的に気づくこと。そして、そこから意識して「新しく作りたい、幸せの道」に、ほんの一歩でもいいから足を踏み出してみることです。
軌道修正の小さな一歩
例えば、ついサボってしまった自分に気づいたら、「でも、せっかくだから今から1分だけやってみようかな」と行動してみる。誰かへの嫉妬心で心が黒くなりそうになったら、その後に意識して、友人に親切にされた嬉しかった出来事を3つ思い出してみる。
褒めるポイントを変える
一日の終わりに褒めるべきは、目標を完璧に達成できたことではありません。「ネガティブな道に入ったことに気づけた自分」そして、「そこから少しでも軌道修正しようと試みた自分」です。その賢明なリカバリーを、丁寧に褒めてあげましょう。
この、ネガティブな道から抜け出すための小さな「軌道修正」こそが、新しい道を少しずつ踏み固めていく、脳にとって最高のトレーニングになります。失敗したり、ネガティブな感情に陥ったりすることは、新しい道を作るための絶好のチャンスだと捉え直してみましょう。
まとめ
もう、無理にがんばり続ける必要はありません。大切なのは、完璧な人間を目指すことではなく、日々の生活の中で、自分はどの感覚を、どの思考をたくさん使って育てていきたいかを、穏やかな心で意識することです。

いつもの思考のクセが出てきても、大丈夫。それは、あなたがこれまで一生懸命に生きてきた証です。その自分を否定するのではなく、「そっか、またこの道に来たね。お疲れさま。でも、よかったらこっちの新しい道を少しだけ歩いてみない?」と、親友に語りかけるように、優しく自分自身を誘ってあげましょう。
その一つ一つの賢明なリカバリーが、あなたの脳の中に、おだやかで、幸せな感覚へと続く、確かな道をゆっくりと、しかし着実に作り上げてくれるはずです。あなたには、自分自身の脳を育て直す力が、もともと備わっているのですから。
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